いよいよ起きられんくなってきた。今日は9時過ぎに起きてしまった。一度7時ぐらいに起きた記憶もあるけど。調子に乗って本読んでたら、きっちりツケがまわる。

これなかなかよかった。さっそく、楽天でイミダペプチドの初回お試し版みたいなのかっといた。余裕があれば、ちゃんと鶏むね肉を鶏はむにでもして食べたらいいんだろうけど。あと、クエン酸もいいらしい。原理はもう忘れた。

疲れているのは体じゃない。脳だった!

疲労回復物質の存在が明らかになって以来、疲労に関する科学的調査が進んでいる。
その結果、私たちが日常的に使う「体が疲れている」とは、実は「脳の疲労」にほかならないことがわかった。

疲労のメカニズムとは何か、最新のエビデンスをもとに解説する。また、真に有効な抗疲労対策や乳酸、活性酸素、紫外線、睡眠との関係なども明らかにし、疲労解消の実践術を提示する。

■目次
はじめに 疲労を科学することとは
第一章 疲労の原因は脳にあり
第二章 疲労の原因物質とは
第三章 日常的な疲労の原因はいびきにあった
第四章 科学で判明した脳疲労を改善する食事成分
第五章 「ゆらぎ」のある生活で脳疲労を軽減する
第六章 脳疲労を軽減するためにワーキングメモリを鍛える
あとがきにかえて

■主な内容
・運動疲労の正体は脳だった
・「疲労」と「疲労感」は別の現象
・「飽きた」は脳疲労の最初のサイン
・もっとも疲れているのは自律神経
・疲労が蓄積すると視野が狭くなる
・乳酸は疲労の原因ではない
・疲れの直接の原因となるのは活性酸素である
・サングラスで紫外線による疲労を最小限にとどめる
・睡眠中は疲労回復因子FRの働きが疲労因子FFを上回る
・疲労回復の決め手は睡眠開始の3時間
・栄養ドリンクを飲みすぎると疲れはむしろ溜まる
・世界初のプロジェクトで判明した疲労回復成分「イミダペプチド」
・イミダペプチドの抗酸化作用が抗疲労効果をもたらす
・「クエン酸」にも疲労回復効果があることが判明
・ビタミンCとBCAAに疲労軽減作用があるというのは間違い

梶本修身,2016,『すべての疲労は脳が原因』集英社.


昨日、2年つかった時計のバンドがボロボロ&革が傷んでしまいすえたにおいがするので、東急ハンズの時計屋さんいった(そういえば誕生日にここで自分で自分に買ったんだった)。けっこうするんだなー、3000円払った。ネットで買えばもう少し安いのかもしれんが、色味とか気になるし、SEIKO の金具をそんまま使ってほしかったので、おっちゃんに直してもらった。

まだ馴染んでないので若干違和感があるが、けっこう気に入っている。大きくなったら東急ハンズになりたいです。

近代人として振る舞うために、シャワー浴びるとき以外はだいたい時計している。金属かラバーにすれば一年中つけていられるんだが。壊れている Baby-G なおそうかなあ。SWATCH も以前買ったけど、思いの外アナログ針のチクタクする音が気になってイライラする。あれはまじで公害。時間の近代化怖いです。


石田2007(ブール代数使ったエスノメソッド)が引用されていると聞き、ガチで読んだのだが、ご存じないテクノロジーが使われていて、批判が妥当なのかどうかいまいち自分では判断できない。久々にテンションぶちあがったので(自分のテーマにも応用できそうなヨカーン)、あと8周ぐらい読むか……。とりあえず、一般式はよくわからんちゃけど、Rのライブラリにぶちこんだ。

福岡『在日韓国・朝鮮人』(1993)をはじめとし,「日本人の条件」に関する議論は多い.しかし,従来の研究方法では,福岡の提起した問題である「それぞれの条件がどれくらい重要なのか」について,一般に共有されているかを分析できない.さらに,日本に強く愛着を持つ個人や,外国人に脅威を抱く個人間でこの重み付けは大きく変動する可能性がある.これの問題に対処するため,Mokken scale analysis を用いて,一般的に「日本人の条件」項目の重要性の重み付けが共有されているかを分析する.結果として,日本人は「日本人であるという意識」「日本国籍」「出生地」「日本語」「居住地」「先祖」「日本の法制度尊重」「仏教・神道の信仰」という順で「日本人の条件」に対して共有した順序の重要性を抱いていることがわかった.さらにこの順位は日本への帰属意識が高い集団や外国人に脅威を感じる下位集団間でもほぼ共有されていることが示された.

五十嵐彰,2016,「『日本人の条件』に対する一般的イメージ――Mokken Scale Analysis による条件の重要性の順位の検証」『理論と方法』30(2): 293-306.

10周読んだ。なんといっても、先行研究の厚さがうらやましいな。90年代に福岡という偉大な古典があり(専門外なので citation classic なのかどうか厳密にはわかりませんが、どうもそのよう)、ほぼ同時代に真鍋・Befuらによって経験的研究もなされている。近年だと、田辺を筆頭に永吉、石田らによって様々な分析視角から(けっこうアドバンストな)知見が蓄積されている。

じゃあ、そこで、初心にかえってきちんと仮説が検証されてきたかどうかを考えてみると、「それぞれの条件がどれぐらい重要なのか」についてはちゃんとやられているわけじゃないので、Mokken scale analysis(ご存じないテクノロジー)使っておれがやったるぜと。クール&ビューティー、カッコイイ。

その点、Youth Studies の場合、Arnett を筆頭に海外には腐るほど研究はあるが、国内では、内閣府のデータつかった久木元と社研DPに載ってる石田他ぐらいかな。やる価値が無いのか、ブルー・オーシャンなのかわからんけど。まあ、なんでもいいからさっさとやればいいんじゃん、はい。JAMSまであと25日かー。そのあとどこに投稿すればいいんだろ、この研究。

これらの研究は福岡の残した問題,すなわち「一般的なイメージとしての「日本人の条件」の重要性の重み付け」を解決しているだろうか.頻度をみると,真鍋・Befu(1989)や田辺(2011),石田(2007)では国籍が最も得票数が高く,それ以外の条件も得票数から並び替えることができ,これが重要性の順位を反映しているようにもみえる.しかしながら,これらの研究は「どの条件が最も重視されているか」という問いに答えるには適しているが,「各条件の順位イメージが国民に共有されているか」,言い換えると「十分な数の個人によって,ある条件は他の条件よりも常に重視されているか」という問いには答えられない.

テクニカル部分に関しては、ゲンミツにはよくわからんけど、上記の批判はどうも違和感がある。「十分な数の個人によって,ある条件は他の条件よりも常に重視されているか」という問いがどのように定式化されているのかをきちんと理解できているのかあんまり自信ないんだけど、たしかに田辺(2011)のようなISSPの質問項目(単純に条件の重視度をたずねたもの)をつかった分析に対する批判としては妥当だと思う。ブール代数を使った石田(2007)は因子の多元結合因果(簡単にいうと交互作用のどえらいバージョン)に関しては基本的に解決できている(という私の理解)ので、この批判はあてはまらないのではないかなあ。まあ、自然言語でうだうだいっても埒が明かないので、モデル式を勉強してみる(来世までに)。