山田昌弘,2020,『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか? 結婚・出産が回避される本当の原因』光文社.
どこかでちらっとみかけたので、Kindle で読んでみた。本書は、2018年に筆者が中国社会学院という政府の政府機関に招待されておこなった報告に大きく基づいているようだ。
本書の結論を個人的に乱暴にまとめると、一般に少子化対策としては、待機児童解消など結婚した夫婦がどうしたら子どもを産み育てやすい社会となるのかといった視座から対応がされてきたが、真の要因は、そもそも若い人が結婚しない・できないことにあり、さらにその背後には機会の問題よりも選好としてパートナーシップを望んでいないことが近年の本当の原因である、といったところだろうか。
基本的に概ね同意した。夫婦の完結出生時数はたしかにここ数年減少傾向にあるが、ドラスティックに変化しているとは言えない(とはいえ、70年以降2.2人前後で安定していたものが、2000年以降一貫して減少傾向にあり2015年の出生動向では2.00人を下回ったのはかなり特徴的な変化なのだが……)。TFR減少の大部分は結婚しない・できない若者(女性)に主因があるのは間違いない。ただ、せめて簡単な要因分解でもいいから、少子化のどの程度が未婚化によって説明されるのか示してほしかった(同様の分析はかつて岩澤がおこなっていたが、もうかなり古いはず)。
筆者によると、日本の少子化対策は欧米諸国を参考としており、次のような家族に関係する慣習・意識を前提としていたとする。すなわち、
①子は成人したら親から独立して生活するという慣習(若者の親からの自立志向)
②仕事は女性の自己実現であるという意識(仕事=自己実現意識)
③恋愛感情(ロマンティック・ラブ)を重視する意識(恋愛至上主義)
④子育ては成人したら完了という意識
この4つの特徴があるために、少子化が起きなかったり(英米など)、少子化対策が効果的に働いた(フランス、スウェーデン、オランダなど)ととしている。一方で、日本には、このような慣習・社会意識はないとしている。2-4に関しては、専門ではないのでよくわからないが、①に関しては気になった。筆者をふくめて多くの家族社会学者は、概して日本には離家規範がない(あるいは乏しい)であったり、自立意識が弱いと主張してきたが、案外をこれをきちんと経験的に明らかにするのは骨がおれる。私の知る限り、筆者はずっとこの点を主張してきたように思うが厳密なテストが伴っていたことはないように思う。別にこれはディスっているんじゃなくて、本当にこの作業が難しいからである。本書でも、「日本では、子の自立志向は弱く、特に女性(娘)の自立は不要との意識が、親の方にも強い」と比較的断定的な調子で記述されているが、おそらくそのエビデンスはどこにもたぶんない。
間接的に離家規範が弱いことを示す経験的証拠はいくつかある。実態としての未婚者の親元同居率はたしかにかなり高いし、成人到達の要素をたずねてみても「親と離れて暮らすこと」を大事な要素だと答えるものは日本では著しく低い。規範というからには離家を達成できていない際にサンクションがあるか(恥ずかしさを感じるか)というのは大事な論点であると思うが、これを検証した研究を私はしらない。
私が気になるのは自立意識が弱いというときにどの程度弱いのかということである。95%の若者が積極的な態度を示していれば誰も文句なく強いといえるだろうが、日本全体ではどの程度のしきい値以下であれば、弱いのだろうか。70%、50%、30%?親と同居する未婚者に離家意向をたずねてみると、かなりの程度が離家にたいして積極的な態度を示すことはいくつかの調査さらからすでにあきらかになっている。初めての離家が生じる以前の中・高校生にたずねてみても少なくとも半数以上の男女が離家にたいして積極的な態度をしめしている。また、マクロな動向も気になるが、個人や世帯の家族人口学的特性によっても自立意識は異なるだろう。このようなミクロな問いにこたえた研究もほとんど日本では見られない。たとえば、家庭内にコンフリクトが存在すると、若年者の離家意欲はたかまると考えられるし、その逆で家庭内が親密であれば、離家に対してディスインセンティブとして働くかもしれない。